2014/11/08
『Bay Side Yokohama Oldies Night』PV完成しました。
アイドルDVDなどを一緒に制作してたスタッフと久々に仕事をしました。
3分Ver. です。 右下歯車マークをHD設定にして観てね。
30秒Ver.も完成しました。
【追記】DJ OSSHYさんの公式サイトとFBにもアップされました♬
oshhy.com公式サイト↓
http://www.osshy.com/news/2068/
fb OSHHYサイト
https://www.facebook.com/pages/DJ-OSSHY/179154892142874
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2013/07/28
さよなら、マスタング!
先日、マスタングに別れが訪れた。雅楽演奏家の東儀秀樹さんに託すことになったのだ。嫁ぎ先としては申し分ない。
東儀家へ向かう。文字通りラスト・ランだ。
GT40の完成時期が全く読めなくて、アメ車の禁断症状が発症した時に入手した個体だった。マスタングのなかでも、シェルビーGT350は、コブラとGT40との3兄弟だ。それならいっか、と。レストア途中で放り出された個体だったので、仕上げるまで丸2年かかって細かい不具合も直してきた。土日はもちろん、夏休み正月休みも返上でコツコツやってきた。東儀さんに引き渡すことが決まってからラスト・スパートで仕上げにかかった訳だった。手直ししたところを書き出すときりがない。手放す時になって最もコンディションが良くなったのは皮肉なものだナ。
後ろ髪引かれる想いで角を曲がる時に撮ったカット。
たった2年しか所有していなかったが、俺がいままで所有した機体のなかで一番あれこれ手をかけたコトになった。それと同時に、50年近く前にいろいろなメカニズムがあちこちに仕掛けられていて驚いた。当時は日本よりかなり進んでたンだな、と実感したヨ。とっても勉強になった。マスタング、さんくす!
ンで、GT40はどーなってますかね₍・・₎。年内にもしかして、と、風の噂も。
これを機会にCRRが2号機に、カングー1が3号機にそれぞれ格上げだ。
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2013/07/08
マスタング、整備最終章。
イテテテ、首と右腕が筋肉痛。この土・日でマスタングの最終整備をやったから。
先週はクーラーのガス漏れチェックをプロの電装屋さんにやってもらった。3本の高圧・低圧ホースのフィッティング部のカシメ直しだ。それと、エクスパンション・バルブのOリングが1つ余計で詰まりを起こしてたらしい。それは俺のミスだった(><)。ンで、寒いぐらいの効きが戻った。
【豆知識】
初代GT350のガス・キャップはコレだよ。コブラ・マークのキャップは翌年1966年式ね。
なんでマスキングしてるかとゆーと。。。
燃料タンクの底面に錆が出ていたから。このタンクは米国オハイオでレストアされた時に交換されたと思われる。しかし、表面の亜鉛めっきが薄かったのかな。
最初は錆取り剤やワイヤーブラシでやってたンだけど二の腕が痛くなってきた。ア!あれがあったワ、と持ち出してきたのがコレ。回るワイヤー・ブラシなのだ。寝板に仰向けになって、この重たいBOSCHのドリルを持ち上げて錆落とし。首を持ち上げて錆の粉を避けながら。翌朝起きたらひどい筋肉痛ですワ(*´ー`)
仕上げは秘密兵器ぢゃないけどコレ。マフラーのタイコなんかにも使う亜鉛コートのスプレー塗料だ。この仕上がりの質感がマニアックな感じでイイのだ。
ほーら、こんな感じ↓↓↓(’∇’)b
日曜日は午後から清掃とワックス掛け。俺のワックスは18歳の時から愛用してるシュアラスター・インペリアル・ブライト・マスターだ。カルナバ・ロウがイイ香り♪
この機体が当基地に就役してから丸2年が経った。そして今日、すべてが完了して一番良好な状態になった。とは言え48年も生きてきた個体だけにそれなりの部分はあるが、それはそれ、生きてる証拠だ。もちろん全バラシして、ネジ1本まで新品の新車みたいなフル・レストア車がイイかと言えばそうかもしれないけど、年輪を重ねてきたこの感じが俺は好きなんだナ。
今年は平年より2週間早く梅雨が明けて猛暑に突入。昨日今日で1kg痩せたがまだ足りない(苦笑)。で、もう夕暮れだ。お疲れー。
先週はクーラーのガス漏れチェックをプロの電装屋さんにやってもらった。3本の高圧・低圧ホースのフィッティング部のカシメ直しだ。それと、エクスパンション・バルブのOリングが1つ余計で詰まりを起こしてたらしい。それは俺のミスだった(><)。ンで、寒いぐらいの効きが戻った。
【豆知識】
初代GT350のガス・キャップはコレだよ。コブラ・マークのキャップは翌年1966年式ね。
なんでマスキングしてるかとゆーと。。。
燃料タンクの底面に錆が出ていたから。このタンクは米国オハイオでレストアされた時に交換されたと思われる。しかし、表面の亜鉛めっきが薄かったのかな。
最初は錆取り剤やワイヤーブラシでやってたンだけど二の腕が痛くなってきた。ア!あれがあったワ、と持ち出してきたのがコレ。回るワイヤー・ブラシなのだ。寝板に仰向けになって、この重たいBOSCHのドリルを持ち上げて錆落とし。首を持ち上げて錆の粉を避けながら。翌朝起きたらひどい筋肉痛ですワ(*´ー`)
仕上げは秘密兵器ぢゃないけどコレ。マフラーのタイコなんかにも使う亜鉛コートのスプレー塗料だ。この仕上がりの質感がマニアックな感じでイイのだ。
ほーら、こんな感じ↓↓↓(’∇’)b
この機体が当基地に就役してから丸2年が経った。そして今日、すべてが完了して一番良好な状態になった。とは言え48年も生きてきた個体だけにそれなりの部分はあるが、それはそれ、生きてる証拠だ。もちろん全バラシして、ネジ1本まで新品の新車みたいなフル・レストア車がイイかと言えばそうかもしれないけど、年輪を重ねてきたこの感じが俺は好きなんだナ。
今年は平年より2週間早く梅雨が明けて猛暑に突入。昨日今日で1kg痩せたがまだ足りない(苦笑)。で、もう夕暮れだ。お疲れー。
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2013/06/27
マスタング、修理は続くよどこまでも。。。
土曜日に、ちょっくら行っきてます、と、出かけたのは毎週通ってるシェルビーアジア。

最近、マスタング工場の様相を呈してきたココ。
マスタング吾郎くんはエンジンルーム、俺は操縦席の足もとをゴソゴソ。


ここから摘出したのは。。。

コレ。トランスミッションをATに換装する時に取り付けたブレーキ・ブースター。マスターバックとも言うね。取り付け当初からブレーキを踏むと「シュー」と言うエアを吸う音とともにカックンブレーキに。でも暫くすると正常になるので様子見しながら乗ってた(2年近くも!) でも、この春からシューシューカックンが直らなくなったンだ。
音の出所をチェックしてたらバルブ・ロッドのダスト・ブーツ内にプラスチックの破片を発見。外から触ると中が割れてる。

ブースターとマスター・シリンダーを外してゴム・ブーツを捲ると案の定カラーが割れてた。これが原因だ。ここからエアが漏れてたンだな。
米国から同じパーツを取り寄せた。ブースターだけでよかったのだが、マスター・シリンダー付しかなくて勿体無かったけど仕方ない。
で、取り付けてみると。。。
ブレーキ・ランプが点灯しっぱなし。
なんでやねん!!! ほら↓↓↓
ブレーキ・ランプが点くってことはブレーキが踏まれてる状態ってコトだ。こないだ新品に交換したブレーキ・ランプ・スイッチまで取り外す羽目に。でもスイッチは異常ナイ。再びブースターを摘出して元のブースターとバルブ・ロッドの長さを較べる。同じ長さだよなー。オカシイなー。
吾郎くんはブレーキ・リンケージ・ブロックのシャフトのバカ穴に気づいた。俺はまた逆さまの体勢でもぐってブレーキ・ペダルの構造をチェック。そう!正解!このバカ穴のたった2mmの移動量が重要で、ロッドが2mm長くてブレーキ・ランプ・スイッチを押していたのだ。
ロックナットを緩めてシャフトのネジを締め込んで短くしようとしたらロッドのネジ部が長くてこれ以上短くできないし。そんでサンダーでカット。一筋縄じゃぁ行かねぇなぁ。
再び取り付けてブレーキ・オイルを満たす。
これから面倒なエア抜きだ。
外はとっぷり陽も暮れた。
エア抜きもやってもらう。俺はやったことなかったのでお勉強。なるほどなるほど。

リアも両側。つまり、4輪ともやらねばだ。結構時間がかかる作業。
この時期の作業には、お気に入りの米海軍爆発物処理班のTシャツを着る。横田基地祭にコブラを展示した時にゲットした実物♪
完成!
これで普通にブレーキが効くようになった。
吾郎くん、さんくす!!!

最近、マスタング工場の様相を呈してきたココ。
マスタング吾郎くんはエンジンルーム、俺は操縦席の足もとをゴソゴソ。


ここから摘出したのは。。。

コレ。トランスミッションをATに換装する時に取り付けたブレーキ・ブースター。マスターバックとも言うね。取り付け当初からブレーキを踏むと「シュー」と言うエアを吸う音とともにカックンブレーキに。でも暫くすると正常になるので様子見しながら乗ってた(2年近くも!) でも、この春からシューシューカックンが直らなくなったンだ。
音の出所をチェックしてたらバルブ・ロッドのダスト・ブーツ内にプラスチックの破片を発見。外から触ると中が割れてる。

ブースターとマスター・シリンダーを外してゴム・ブーツを捲ると案の定カラーが割れてた。これが原因だ。ここからエアが漏れてたンだな。
米国から同じパーツを取り寄せた。ブースターだけでよかったのだが、マスター・シリンダー付しかなくて勿体無かったけど仕方ない。
で、取り付けてみると。。。
ブレーキ・ランプが点灯しっぱなし。
なんでやねん!!! ほら↓↓↓
ブレーキ・ランプが点くってことはブレーキが踏まれてる状態ってコトだ。こないだ新品に交換したブレーキ・ランプ・スイッチまで取り外す羽目に。でもスイッチは異常ナイ。再びブースターを摘出して元のブースターとバルブ・ロッドの長さを較べる。同じ長さだよなー。オカシイなー。
吾郎くんはブレーキ・リンケージ・ブロックのシャフトのバカ穴に気づいた。俺はまた逆さまの体勢でもぐってブレーキ・ペダルの構造をチェック。そう!正解!このバカ穴のたった2mmの移動量が重要で、ロッドが2mm長くてブレーキ・ランプ・スイッチを押していたのだ。
ロックナットを緩めてシャフトのネジを締め込んで短くしようとしたらロッドのネジ部が長くてこれ以上短くできないし。そんでサンダーでカット。一筋縄じゃぁ行かねぇなぁ。再び取り付けてブレーキ・オイルを満たす。
これから面倒なエア抜きだ。
外はとっぷり陽も暮れた。
エア抜きもやってもらう。俺はやったことなかったのでお勉強。なるほどなるほど。

リアも両側。つまり、4輪ともやらねばだ。結構時間がかかる作業。
この時期の作業には、お気に入りの米海軍爆発物処理班のTシャツを着る。横田基地祭にコブラを展示した時にゲットした実物♪
完成!
これで普通にブレーキが効くようになった。
吾郎くん、さんくす!!!
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2013/06/09
東京ノスタルジクカー2&4フェスティバル2013
5月26日(日)東京ノスタルジックカー2&4フェスティバル2013に行ってきた。シェルビーアジアが出展し、蛇族ワンメイクの走行時間が設けられたので見学ってことで。袖ヶ浦フォレスト・レースウェイ は行ったことなかったのでちょいと楽しみだった。このサーキットは自動車マニアの、とある政治家が作ったという変わった成り立ち。こんな心意気のある人がいるなんて嬉しいね。
日本車で唯一、1991年のル・マン24時間耐久レースで総合優勝したマシンがMAZDA787B。この日はその系譜の737Bと767B(手前)が特別展示された。
767Bが暖機を始めたぞ。エンジンは13J、直列4ローター 2,616cc(654×4) 630ps/9,000rpm。ギャラリーが取り囲み、2ストローク・エンジンのような独特なレーシング・ロータリーの排気音に耳を傾ける。
暖機が終わると、ワッとギャラリーがさらに詰め寄る。
調整のため、リア・クリップを開けたからだ。いわゆるご本尊のご開帳w
エンジンを労わりながら軽く流す。しかし、これはなかなか観ることはできないぞ。
シェルビーアジアのブース。シェルビーカートと呼ばれるエアストリームの巨体が目印。

コブラは9台、マスタング2台が集まった。
業界で有名なK氏所有の超貴重な1967年式シェルビーGT350と2ショット♪
ハイ、これまた大貴重なオリジナルコブラ。シャシナンバーCSX3005。ミニマルヤマの丸山さんがオーナー。シェルビーアジアが請け負って米国にてレストアした固体。新車同様だ。もうこれは2億でも買えないだろうね。
こちらはウルトラ警備隊のポインター号。やっぱり制服着ないと乗れないね、これは。

ナイト2000もやって来た!

TOYOTA2000GTが3機。
1968年にトヨタからキャロル・シェルビーが委託されて米国にてレース活動をしていた時のカラーリングに身を包んだ固体。
長野から昭和の消防車がやって来た。1955年式ダイハツオート3輪。コブラと同じオープンだぜ!
高校の先輩、K氏所有のローラT70Mk3。1968年の日本GPで、2大ワークス、トヨタVS日産に強力プライベーターのタキレーシングが挑んだ伝説の固体そのもの。当時、長谷見昌弘がドライブした。これもシェルビーアジアが受注して米国にて完璧なレストアがなされた。
この日はトラブルで出走できず。走りはコチラで。
スーパーカークラスが走行開始。
そしてシェルビーアジア枠の時間がやって来た。俺は元々走る気はなかったのだが、なぜか並んでる。
俺の愛機はオートマに変更しちゃったし、脚はノーマルなのでどうしようもない。ゆっくり流すだけ。ここがどんなコースなのか下調べする気持ちで最後尾に。途中で停まったコブラのドライバーを連れ帰る役目w
webCGさんから勝手にいただいちゃいました。当基地2号機の勇姿だから許してね。
10台でサーキットを独占なんて贅沢だね。
奥のストレートでカラスが横断。そのあとに茶色いのが出てきたから、ブレーキをかけた。よくみるとカルガモの親子だー!!! テレビのニュースで観るあの姿。雛が2匹ヨチヨチくっついて横断してる。カメラが間に合わなかったので想像してくれw

のんびり走ってるとラップされる。
これは珍しい英国ACカーズの現代版コブラ427。
GOOOOOOOOAL!!!
やっぱりサーキットはマニュアルじゃないとだめだわ。
ハーレーダビッドソンのレーサー。イイネ!
欲しかったRS125。
貴重なヤマハの名機たち。
一日中楽しんだナー。日焼けした顔がヒリヒリ。
袖ヶ浦に来るにはアクアラインを使うのだが、朝はアウトレット渋滞、帰りはさらに大渋滞でアクアラインを抜けるのに3時間30分の入口表示。20:00まで食事して時間つぶししたけど、それでもノロノロ。空いていれば20分なのに。アクアライン、大問題だわ。
日本車で唯一、1991年のル・マン24時間耐久レースで総合優勝したマシンがMAZDA787B。この日はその系譜の737Bと767B(手前)が特別展示された。
767Bが暖機を始めたぞ。エンジンは13J、直列4ローター 2,616cc(654×4) 630ps/9,000rpm。ギャラリーが取り囲み、2ストローク・エンジンのような独特なレーシング・ロータリーの排気音に耳を傾ける。
暖機が終わると、ワッとギャラリーがさらに詰め寄る。
調整のため、リア・クリップを開けたからだ。いわゆるご本尊のご開帳w
エンジンを労わりながら軽く流す。しかし、これはなかなか観ることはできないぞ。
シェルビーアジアのブース。シェルビーカートと呼ばれるエアストリームの巨体が目印。
コブラは9台、マスタング2台が集まった。
業界で有名なK氏所有の超貴重な1967年式シェルビーGT350と2ショット♪
こちらはウルトラ警備隊のポインター号。やっぱり制服着ないと乗れないね、これは。
ナイト2000もやって来た!
TOYOTA2000GTが3機。
1968年にトヨタからキャロル・シェルビーが委託されて米国にてレース活動をしていた時のカラーリングに身を包んだ固体。
長野から昭和の消防車がやって来た。1955年式ダイハツオート3輪。コブラと同じオープンだぜ!
高校の先輩、K氏所有のローラT70Mk3。1968年の日本GPで、2大ワークス、トヨタVS日産に強力プライベーターのタキレーシングが挑んだ伝説の固体そのもの。当時、長谷見昌弘がドライブした。これもシェルビーアジアが受注して米国にて完璧なレストアがなされた。
この日はトラブルで出走できず。走りはコチラで。
スーパーカークラスが走行開始。
そしてシェルビーアジア枠の時間がやって来た。俺は元々走る気はなかったのだが、なぜか並んでる。俺の愛機はオートマに変更しちゃったし、脚はノーマルなのでどうしようもない。ゆっくり流すだけ。ここがどんなコースなのか下調べする気持ちで最後尾に。途中で停まったコブラのドライバーを連れ帰る役目w
webCGさんから勝手にいただいちゃいました。当基地2号機の勇姿だから許してね。
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10台でサーキットを独占なんて贅沢だね。
奥のストレートでカラスが横断。そのあとに茶色いのが出てきたから、ブレーキをかけた。よくみるとカルガモの親子だー!!! テレビのニュースで観るあの姿。雛が2匹ヨチヨチくっついて横断してる。カメラが間に合わなかったので想像してくれw
のんびり走ってるとラップされる。
これは珍しい英国ACカーズの現代版コブラ427。
GOOOOOOOOAL!!!
やっぱりサーキットはマニュアルじゃないとだめだわ。
ハーレーダビッドソンのレーサー。イイネ!
欲しかったRS125。
貴重なヤマハの名機たち。
一日中楽しんだナー。日焼けした顔がヒリヒリ。
袖ヶ浦に来るにはアクアラインを使うのだが、朝はアウトレット渋滞、帰りはさらに大渋滞でアクアラインを抜けるのに3時間30分の入口表示。20:00まで食事して時間つぶししたけど、それでもノロノロ。空いていれば20分なのに。アクアライン、大問題だわ。
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